吉原遊廓(よしわらゆうかく)とは、江戸幕府によって公認された遊廓である。始めは江戸日本橋近く(現在の日本橋人形町)にあり、明暦の大火後、浅草寺裏の日本堤に移転し、前者を元吉原、後者を新吉原と呼んだ。元々は大御所・徳川家康の終焉の地、駿府(現在の静岡市葵区)城下にあった二丁町遊郭から一部が移されたのが始まり。 21キロバイト (3,437 語) - 2021年12月8日 (水) 12:58 |
2021年12月09日11時02分
「鬼滅の刃」遊郭編の舞台にもなった吉原遊郭を「煌びやか」と表現したことは不適切だったとして、江戸東京博物館公式ツイッターが2021年12月8日に謝罪した。
「煌びやかな遊郭の世界をご覧ください」
江戸東京博物館は、東京都墨田区にある東京都立の博物館だ。「江戸と東京の歴史や文化を伝える博物館」をうたう。
同館のツイッターは12月6日、5日に放送が始まったアニメ「鬼滅の刃」遊郭編と絡めて、館内の展示について次のように告知していた。
「元禄期の吉原の風物を描いた『吉原*図屏風』。吉原は歌舞伎やドラマ、漫画でも題材となることが多く、最近ではアニメ #鬼滅の刃 遊郭編の舞台にもなっています。煌びやかな遊郭の世界をご覧ください」
この投稿で、遊郭を「煌びやかな世界」と表現したことについて、一部から疑問や批判の声が上がっていた。
「遊廓を煌びやかなんて言葉で現せられるものでしょうか」
「遊廓を『煌びやかな世界』と肯定的に紹介することには疑問を感じます。享楽する側の視点で描かれていることにも言及すべきではないでしょうか」
「不適切でした。お詫び申し上げます」
===== 後略 =====
全文は下記URLで
https://www.j-cast.com/2021/12/09426673.html?p=all